モンド今日の絵

【モンドくん(奥村門土)】 2003年、福岡に生まれる。両親からイタリア語で「世界」という意味を持つモンド(MONDO)と名付けられ、幼少の頃より独特の個性を発揮。3歳頃より面白い絵を描き始め、小学生になると絵がコンクールで入賞したり、週末には似顔絵屋さんとしても活動をはじめる。まっすぐ純粋に見たものを見たまま描くというスタイルで描かれる人物画が話題となり、2014年に初の画集「モンドくん」(PARCO出版)発表。そのほか雑誌「ヨレヨレ」の表紙や挿絵、谷川俊太郎とのコラボ、瀬戸内寂聴「死に支度」の装画などを担当。「文學界」「東京新聞」の挿絵を連載中。メディアにも度々取り上げられ、東京や台湾、シンガポールでの個展開催など、国内外で大きな注目を集めている。巨大壁画制作やフジロックなど全国の大型フェスにも出演するなど、その世界をさらに広げつつある。現在13歳。ミュージシャンである父・ボギーが選んだ人物を毎日1枚描き、親子の日記としてブログに発表し続けている。 <モンドへのメールやおしごと依頼はこちらまで> yokotin_b@hotmail.com <モンドのインスタグラム> mondo_world http://instagram.com/mondo_world <父ボギーのブログはこちら> http://bogggey.blog.jp/

2015年02月

2月11日。 


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木下大サーカスのテントが解体された。 
 
六本松を2ヶ月間わくわくの町に変えてくれたサーカス。明日はもう違う町へ行ってしまう。淋しいけど、サーカスの良さって、わくわくする感情と淋しいなって思う感情が同時に味わえるところだと思う。 
 

不思議な縁で繋がった木下大サーカスの空中アクションTomokoちゃん(とっつ)を我が家に招いて送別会をひらいた。それはそれは楽しいパーティーで、わくわくと淋しさが同時に味わえるサーカスみたいな呑み会だった。 


18時、我が家に次々と仲間があつまってくる。 
ヨレヨレ鹿子さん、漢方先生、パトラ、大地くん、中山万梨ちゃん、木藤くん、秋風リリー、そしてとっつ。みんな最初は他人だった(あたりまえだけど)、でも縁が人を繋いでゆく。 

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宴会はとにかくすごい盛り上がり! 
 
とっつがパントマイムを披露したり、モンドがジャグリングを披露したりと、家の中でオクムラ大サーカスが繰り広げられた(笑)。 

いちばん大爆笑だったのは、モンドとテンちゃんと今ちゃんによるタコ踊り3兄弟! 
あれほど笑えるものは無い(笑)。 

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モンドが描いたとっつ。 

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テンちゃんが描いたとっつ。 

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22時、かなり酔いも回ってきた頃、六本松の町へ繰り出した。 


呑んだ勢いで初めて「MAD HOUSEひろ」に行ったのだ。 

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10年くらいずーっと気になってた六本松のディープスポット。 
やっと中に入れた! 
カウンターで8人くらいしか入らない狭い店内に先客の常連さんも入れたら15人くらいきゅうきゅうスシ詰め(笑)。でも逆におもろい! 


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名物ママさん、めちゃエネルギッシュで死ぬほど笑った。 

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面白すぎて、みんな頭が可笑しくなってる。 

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俺はどーやらママに気に入られたようだ(笑)。 

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焼酎のボトルまで入れたのに、9人でワリカンしてひとり300円という衝撃(笑)。 
「MAD HOUSEひろ」入るの勇気いる外観だけど、中はパラダイス。 


世の中には経験しないよりも経験した方が心が豊かになることでいっぱいだ。 




もうすでにべろんべろんだったけど「ヤッホーカレー食おうぜ!」ってみんなで歩いてアトリエてらたまで。俺はもうこの辺の記憶がぜーんぜん無い。 

ヤッホーカレー、俺は食べたんだろうか? 

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でも帰り際に、とっつがひとりひとりぎゅーってハグしてくれたのは覚えてる。 
とっつは1年中こーやって出会いと別れをくり返しながらいろんな街を旅してしるのだ。 


それがサーカスなのだ。 



とっつ、達者でな〜!また会おうな〜!!! 


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2013年の4月から、毎日一枚似顔絵を描いてブログで発表する「モンド今日の絵」がスタート。

最初の一枚は北島三郎でした。


北島三郎


毎日描くようになって、モンドの画力はどんどんアップし、また絵のタッチもどんどん変化していきました。モンドが描く絵で、毎日ゲラゲラ笑うという日々。

モンドポストカード



親子の秘かな遊びは、ネットに毎日アップしはじめた頃から徐々に噂になっていきました。


モンドにとって大きな転機となる3人と出会ったのもそんなタイミングでした。



まず最初に声をかけてくれたのが、近所に住むフリーの編集者、鹿子裕文さん。

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「新しく創刊する雑誌の表紙をモンドくんにお願いしたい!」という依頼でした。


鹿子さんはすごく面白くて、かつアナーキーな人なので、そういう人が作る雑誌なら間違いない!と思い、ふたつ返事でその依頼に乗っかりました。


そうして創刊された雑誌が「ヨレヨレ」で、あまりの面白さに口コミで急速にファンを増やし、ここから「ヨレヨレ」は可笑しくなるよな快進撃が始まります。

 
 ヨレヨレ




ちょうど同じくらいのタイミングで「モンドくんに興味があるので取材させてもらえませんか?」というメールを突然送ってきたのが、編集者であり写真家でもあるあの有名な都築響一さん。

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フットワーク軽くひょいっと我が家へやってきてモンドの絵を見ては「すごいですね〜!すごいですね〜!」って写真を撮ったりインタビューをしたり。

そのとき都築さんが撮ってくれた写真がこちらです。

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この数日後、都築さんの有料メルマガ「ROADSIDERS'S weekiy」モンド特集が組まれ、それによってアッという間にクリエイターなどアート界隈、そして出版業界や放送業界にまでモンドの噂が広がるようになりました。



メルマガで紹介されたあといくつかの出版社さんから「モンドくんの本を出したい」というオファが来ましたが、どこよりも早く、そしてどこよりも熱意を持ってアタックしてくれた人がいました。


それがパルコ出版の小林大介さん。


小林さんは東京から福岡まですぐにモンドに会いにきてくれました。

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一時間ほどモンドと遊んだり、学校や遊びの話などたわいもない話をしたりしたあと、そのままボギーと居酒屋に呑みに行きました。そこで岡村靖幸がいかに凄いか!ということについて語り合い、意気投合したのです。

ビジネスの話はほとんどしませんでした(笑)。
 

この人なら信用できる。
この人なら愛を持ってモンドを世に出してくれる。


直感的にそう思えたのです。 



そう、すべては直感。
鹿子さんも、都築さんも、小林さんも、鋭い直感の人たちなのです。




2014年7月23日にパルコ出版から発刊された画集「モンドくん」は、あらゆる出会いとタイミングによって生まれた本であり、この一冊の中には、3才の頃から10才までのモンドがぎゅうっと詰まっています。


我が家にとっては宝物のような一冊です。


モンドくん本


ボギーのミニコラムあり。

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一年間で描きまくった200人以上の似顔絵がずらり並び。

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そして写真家・川島小鳥さん撮り下ろしのフォトアルバムまで収録されています。

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かなりボリュームたっぷりな内容です。


全国の本屋さんで売ってますので、ぜひぜひ読んでください。
親御さんからお子さんへのプレゼントにも良いかもしれません。




とうわけで、モンドが3才から10才までの絵と成長の記録を長々と書いていきましたが、いかがでしたか?自分自身、モンドと向き合うことでたくさんの発見があったり、成長できたり、いろんな経験をさせてもらっています。文章を書くことで、改めて感じることが出来ました。



最後にひと言、シメの言葉をいうとすれば.....



子育てって面白れえ〜〜〜〜!!!!



ですね(笑)。 

 
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モンドが8才の頃、バンド仲間たちと大勢で別府温泉旅行に行きました。
その夜、旅館でモンドがおこづかい欲しさに始めた商売が「にがおえやさん」でした(笑)。

そのときに描いてもらったボギーの似顔絵。

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 白黒は100円、カラーは200円。
一晩で2000円くらい稼いだモンドは、たいへん興奮していました。


それ以降、ボギーがライブをやるイベントなどに時々「モンドの似顔絵屋さん」は出店するようになっていったのです。


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もちろんおこずかい欲しさで(笑)。


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最初はVooDooLoungeやJUKE JOINTなどライブハウスで描きはじめました。

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サンセットライブなどの野外イベントでも。

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倉庫やお寺や中華料理屋やいろんな場所で描きました。

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電車の中でも。 

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家に遊びに来た友達も。

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こうしてモンドの似顔絵屋さんは、実戦で鍛われてきたのです。

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「似顔絵屋さん」によって自分の描く絵で「人が喜んでくれる」ということを知ったモンドは、徐々に描くスタイルが変わっていきました。


描いている絵を途中で見せないよう隠しながら描く「立て膝スタイル」を生み出したのも、きっとモンド流の「人を喜ばせたい」という気持ちから始まったパフォーマンスなのです。 


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今でもモンドは「似顔絵屋さん」をやり続けています。呼ばれればどこへでも出張して描いています。モンドはいろんな場所に行って、いろんな人に会うのが一番好きみたいです。


モンドのほんとうの才能は、もしかしたら「絵が上手い」ということよりも「人が大好き」ということなんじゃないかと、時々思います。




モンドのエピソード話、ほんとはここで終わるつもりでしたが、もうちょっとだけ描いてみようかな(笑)。 


つづく。

 

再び絵を描き出したモンドは、幼少時のような自由な発想の代わりに、見たものを見たまま感じたままに描くと言う描写力が備わっていました。

それを強く感じたのが、この絵を描いた日のことです。


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大事な友人を亡くし、お葬式から帰ってきた日のスケッチ。

疲れ果てた表情のお父ちゃんとお母ちゃんの姿をモンドは繊細なタッチで描き上げました。


この絵を見て、はっきりと「この子は、絵が描ける!」と思いました。



それからライブハウスや練習スタジオに連れて行きスケッチさせたり。


「ライブ中のお父ちゃん」 スケッチ)

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「スタジオで練習するお父ちゃんのバンド」 (
スケッチ)

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家では好きなミュージシャンのレコードなどを見せて、「あれ描いて〜、これ描いて〜」とリクエストし、モンドが描くという「遊び」が始まったのもこの頃です。


「ビートルズ」

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「ジェームスブラウン」

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「ジャニスジョプリン」

ジャニス



そして自分が福岡に呼んだりするミュージシャンの似顔絵をモンドが描き、それをチラシやポスターなどに使用するようにもなりました。


「ヒカシュー」

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「三上寛」

三上寛


「遠藤賢司」

遠藤賢司



モンドが9才の頃の話です。


つぎはモンドが似顔絵屋さんをはじめたきっかけ、について話します。

つづく。 

モンドが8才の頃、授業参観で、教室の後ろに絵がずら〜っと貼り出されていて、その中にモンドの絵は埋もれていました。どの子供たちの絵も、太陽は赤、空は水色、雲は白、地面は茶色、草木は緑、人は肌色で塗られており、その絵を見て、ああそうか、モンドが家で絵を描かなくなった理由はこれかと感じました。 


授業参観の帰り道、夕焼けの中をモンドとふたりで歩きながら、初めて絵に関するアドバイスをした日のことはよく覚えています。


ボギー「モンド、見てみ。いま太陽って何色?」

モンド「ん〜、赤とオレンジのあいだくらい?」

ボギー「じゃ太陽が赤いとき、空は何いろ?」

モンド「オレンジとか黄色とか...紫っぽいところもある」

ボギー「そーやろ?太陽が赤く見えるときは空って青くないやろ?」

モンド「うん」

ボギー「あの木の葉っぱは何いろ?」

モンド「緑とか赤っぽいのとか黄色とか黒もある」

ボギー「そーよね、いろんな色が交ざっとるよね。自然の中にはいろんな色がいっぱいあるんよ。目に見える色もあるし、目に見えん色もあるんよ。だけん、モンドは自分が好きな色で好きなように色を塗れば良いっちゃない?」



それからしばらくして、モンドが町の風景画を描きました。

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学校の授業で使っている水彩絵の具ではなく、モンドがいちばん使いやすいカラーマジックで描いたその絵は、ヴィヴィッドな色彩が飛び出して来るかのような、ハッと息を呑む風景画でした。


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この絵は夏休みの宿題として提出し、福岡市の市民文化祭「美術作品展(小中学生の部)」で優秀賞をもらいました。


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「絵で賞をとった人はみんなベレー帽をかぶって行くものなんよ」って冗談でモンドにベレー帽をかぶせて授賞式に行かせました。 もちろんモンド以外は誰もベレー帽なんかかぶっていないので、モンドの格好は大いに目立っていました(笑)。


モンドが絵を描くときにベレー帽をかぶるスタイルは、このときの冗談から始まったのです(笑)。


そして再びモンドは絵を描くようになっていきました。




「授賞式の帰り道に家族で美術館のベンチに座ってるところ」

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つぎはいよいよ、モンドが似顔絵を描きはじめた頃の話です。

つづく。 

5才になってからもモンドは絵を描き続け、さらに描写力や表現力が加わり「味わい」というものを感じるタッチに成長して行きました。


「無題」

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「かいじゅう」

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「のろか」

のろか


「無題」

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「ちょう」

ちょう


「無題」

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「侍」

侍


「花」

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絵はみるみる成長していたモンドでしたが、保育園ではかなりのやんちゃぶりを発揮、さらに小学校に進学すると先生も手を焼く「悪ガキのモンド」として有名になっていき、学校や近所に謝りにいく毎日。


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次第に絵もほとんど描かなくなってしまいます。



この頃のモンドが七夕の短冊に書いた言葉がこれでした。


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ここから2年間ほど、モンドは絵を描く代わりに、担任の先生の愛のある指導や、友達とのコミュニケーションによって、少しずつ「心」の成長をはじめていきました。


子供の絵は自由で面白い。大人になるとどんどん絵が不自由になってしまいます。
でも成長するということは不自由になっていくということでしょうか?

 

この「描かなかった2年間」が、実はモンドにとってすごく大きな時期だったように、今では感じます。 



というわけで次は3年生、再び絵を描きはじめる。に、つづく。 

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